理想郷

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理想郷

 “紗恵”。 五年前に交通事故で亡くなった元夫は、結婚七年目にしてようやくできた愛娘に、私の名前の漢字を一文字使わせてくれた。  恵まれる、なんて素敵な言葉じゃないか。 出産直後、ベッドに横になる私の隣で、そう嬉しそうにくしゃっ、と笑うあの人の横顔を見て思った。 私達の手で、紗恵を人や愛に恵まれた幸せな子にしないといけない、と。   五年前までは、順調だった。紗恵の笑顔は絶えなかった、毎日のように。  しかし、今……。目の前に立っている紗恵は、泣いている。 「ママ、どうして……」 そう呟いた直後。次から次へと、紗恵の目から涙が溢れる。 そしてあっという間に、紗恵の目の下を真っ赤に腫らしてしまう。  紗恵は、号泣している。私のせいで。  「ママ、これは何?これは……」     
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