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その涙に、何か心を動かされるものがあったのだろうか?
少しして、紗恵が私の手から、そっと両手を離す。
「ママ、私はこれが幸せよ」
紗恵が、私に初めて微笑みを向ける。
涙に濡れたその微笑みは、何故だかとても儚げだった。
「ありがとう。これでもう今とは、おさらばよ。新しい人生で幸せになりましょう。そしてどこかでまた会えたら、私は嬉しいわ」
私は紗恵に笑顔を向けて、その場に腰を下ろす。紗恵もそれに続く。
ふと目をやると、居間から広がった炎は、既にこの部屋の入口にまで迫ってきていた。
そして私はライターに親指をかけ、先端に灯った一点の炎を、近くの湿った床に移す。
すると炎は撒き散らされた灯油に次々と伝わり、あっという間に、部屋は炎に包まれた。
恐怖心からか、紗恵が私にしがみつく。
私はそんな紗恵の体をしっかりと、強く抱きしめる。
ごおっ、という火が燃え移って何かを燃やす音が、少し恐ろしい気もする。
しかし、後悔は何もない。
これで紗恵が苦しみのない、新しい人生を送れるようになるのなら、それが私の本望だから。
どうか次は、人や愛に恵まれた幸せな人生を送ってね、と私は腕の中の紗恵を見て思う。
その時だった。木製の壁の一部が火によって崩れ、こちらに向かって落ちてきた。
覚悟はしていたものの、思わず無意識に目を瞑った時。
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