心を真っ白に

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 なにしろカルト教団の御神体だ。願いと引き換えに何かとんでもないものを要求するつもりだろう。件の信者集団自殺事件も、この箱が生け贄を求めたことで起こったのかもしれない。  だが相手の返答は、そんな私の予想を大きく裏切るものだった。 『そんなものを私がもらってどうする? 私の方がそなたに要求するものは特に何も無いが』 「だったら、何のために私の願いを叶えるんですか? ただ私の願いを一方的に叶えたって、あなたは損するだけじゃないですか」 『何故願いを叶えるのかと言えば、私の存在意義は人々の願いを聞き、それを叶えることにあるからだ。この神社が放棄されてからというもの、それができなくなり困っていたのだよ。故に、そなたの願いを叶えられることについて言えば、私は損と思うどころか、むしろ心より感謝している」  そんなことを言われると、却って不気味だった。ただほど高いものは無いという言葉もある。  しかしこの時の私は自分のことが心底嫌になっていたので、魂であれ寿命であれ持っていくなら持っていけというやけっぱちな気持ちで、こう言った。 「だったら、私の願いを叶えてください。私に真っ白な心をください」  言ってしまった後で、この箱は〝真っ白な心〟を心が空白であることと解釈し、私を心無き廃人にしてしまうつもりかもしれないという疑念が脳裏をよぎる。  だが、『その願い、確かに聞き届けた』と相手が返答したその後も、そのようなことは起こらなかった。むしろ、私自身には何も変化が無いように思えた。  そして、御神体の光はいつの間にか消えていて、今となってはもう、それは本当にただの箱のようにしか見えなかった。  私は、今までのことが全部ただの幻覚だったような気がしてきて、そしてこんなことをしている場合ではなかったということを思い出して、足早にそこを去った。
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