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 千代の言うことは理解できた。  理解できるのに、その通りだと思う自分と、何を言っているのかと反抗する自分。  2人の自分に板挟みになり、端は動けない。  その時、隣で黙って聞いていた百瀬が端の胸を拳で突いた。  かなりの力で、思わず息が詰まる。 「この仕事嫌なんか知らんけど、誰にでもできる仕事やって、大卒で頭いい人やからそう思ってるんか知らんけど。そりゃ、そうやと思う。うちらのやってる仕事は、簡単やで。教えてもらったら誰でもできる。頭使うのいらんもん。 でも、でもな、今、ここで、被災した人に届けるパン作れるのは、うちらだけちゃうの。それって、めっちゃ特別なことやん」  百瀬が赤い顔をして、一気にそこまで言うと、俯き、そのままラインに帰って行った。 「おお、熱い奴やな、百瀬」千代も驚いている。  端も驚いていた。  いつも何を考えているのかわからない彼女が、  夜遅くにコンビニへ行き、自分の作ったパンの品質を確認し、怪我をしてもパンを作りに工場へやって来て、不貞腐れている同期に喝を入れる。  何て奴なんだ。  ああ、そうか。  端はやっと気づくことができた。  俺は、悔しかったんだ。  彼女に負けているのが、悔しい。  全部環境のせいにして、周りの人間のせいにして、自分から何も動かない。  自分の幼さが、苦しかった。  握り締めている右手の拳が、本当は頑張りたいのだと、震えている。 「お前も、たぶん色々悩んでるんやろけど」  千代がまた、にっこりと笑った。 「まず、唯一つのパン、作れるようになれよ。ごちゃごちゃ考えるのはそっからや」  そう言って、千代は足早に現場から去っていった。成型ラインに入っている、1人で3人分の働きを見せている五味を見つめ「千代さんの受け売りかよ、ストーカー」と呟いた。  百瀬も黙々と、淡々と、パンを成型している。  新川さんは相変わらず口が動いているが、手の早さも相当なものだ。  俺にできること。  唯一つのパンを、作るか。  端もまた、ミキサーと向き直った。
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