名犬フロマージュ

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名犬フロマージュ

 いまでは信じられないことだが、少し前までは買い物をする犬は珍しくなかった。これはそのころのお話。  イタリアにほど近い南フランスのある町に、それほど大きくないお屋敷があった。住み込みのお手伝いさんがたったひとりだけいて、掃除、洗濯、食事の支度など、何でもてきぱきとこなしていた。とはいうものの、やはり全部ひとりでするのはとても無理なこと、誰かの手助けが必要なこともしばしばだった。  さて、このお屋敷には一匹の犬が飼われていた。淡くて黄色いチーズのような色のふさふさした柔らかな毛並み、大きくて垂れた耳と利口そうなつんとした鼻をもった中型犬で、名前をフロマージュといった。普段はごろごろと寝っ転がってばかりいたが、なかなかどうして、とても頭のいい犬だった。 「さあ、フロマージュ!お買い物しっかりたのんだよ!」  どうしても忙しいとき、お手伝いさんはフロマージュの首輪に大きなふろしきを巻いて、その中に買い物のリストを書いたメモを入れて、マルシェに行かせるのだった。マルシェでは肉屋や八百屋がそのメモのとおりに品物をふろしきに入れてくれる。もちろん代金は「つけ」にされ、次にお手伝いさんが行った時に、ちゃんと払うようになっていた。
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