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観念するしかなかった。この状況で動けないのでは、早かれ遅かれ凍死するだろう。先ほど見かけた「何か」に取って食われるならそれも致し方がない。むしろ、オレの無様な人生の最期としては相応しいのかもしれない。
まあ、いいさ。呼吸を乱しながら、再び自嘲した。と、そこへ朧気な光が近づいてきた。どうやら先ほどの人影に見つかってしまったらしい。やはり人間ではなさそうだ。
距離が縮まり、それが老紳士だと分かる。柔らかな光を湛えたランタンを提げ、コートもズボンも、ロシア人が被っていそうな帽子も、全身白づくめだ。
「メリークリスマス」
状況にそぐわない穏やかな声で老紳士は言った。確かに今日はクリスマスであり、彼は見事な白い髭を蓄えていたが、サンタクロースとは服装が違うし、自分のもとに現れる理由も思いつかない。
「何か用ですか?」
話が通じるように思えたので、念のため聞いてみた。聞いたところで、その後の展開が変わるとも思えなかったが。
「あなたを迎えにきました」
老紳士は穏やかに答えた。なんだ、死神か、と妙に納得する。
「オレはもうすぐ死ぬんですね?」
これも一応尋ねてみた。彼が助けてくれるのでなければ、じきに凍死してしまうだろう。老紳士はゆっくりと頷いて言う。
「その前に、願い事を一つ、叶えてあげましょう。ご希望はありますか?」
なんだか漫画のような展開だ。誰でも同じように、死ぬ前に願いを叶えてもらえるのだろうか。
「ちょっと待ってください」
急に言われても、とっさには考えつかない。老人は「どうぞ、ごゆっくり」と微笑み、懐から葉巻を取り出して火をつけた。
ぼんやりしてきた頭で最後の願いを考える。どうせ却下されるだろうが、助けてくれ、というのはあり得ない。今更のこのこと現世に戻る理由はない。
それでは、絹代に仕返しをしてやろうか。オレを裏切った恋人に。
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