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弟はいつも以上にはしゃいでいた。プールに連れていく時は、弟から絶対目を離してはいけないパターンの一つだった。せっかくプールに行ったのだから、私だって入りたいのに。何かあった時、すぐに監視員や周りの大人に助けを求められるようにしておかないといけないから。パパとママにきつく言い聞かせられていた。でも、弟は泳ぎだって達者だし、少しくらいは目を離しても大丈夫な気がしていた。
「あ、真理ちゃん!」
その時、親し気に話しかける声が背後に響いた。
「あれ? 由美子ちゃん?」
クラスで一番仲良しの子が立っていた。お母さんと来ていたらしい。
(少しくらいなら大丈夫だろう)
何故かそう思ってしまった。そしてその事を後で死ぬほど後悔した。神様でも悪魔でも良い、もし私が死ぬ事で弟を生き返らせてくれるなら喜んでそうするのに、と何度感じた事か。時を巻き返し、やり直す事が出来たら……。
ほんの数分だった。本当に数分だった。友達と話しながら何気なく弟がいる筈の場所に目をやる。居ない……。嫌な予感がした。
「大変だ! 子供が!!」
男の人の大声が響いた。全身の血の気がサーッと音を立てて引いた。まさか……。男の人は、ぐったりとした男の子を抱えて監視員に叫んでいた。周りの大人が駆け寄り、監視員がプールに飛び込んで……。その後は、よく覚えていない。ただ、イメージの中で真っ白な世界に飛び込んで、時を戻して欲しい、そう熱心に祈っていた。
気づいたら、病院の霊安室で白い布を顔に被った弟が人形みたいにゴロンと寝かされていた。そしてこの世の終わりとばかりに嘆き悲しむ両親の姿が目に入った。
弟は、あれほど注意されて本人もよく知っていた筈の水深3mの区域で沈んでいたそうだ。両親から溺愛され、誰からも好かれてその将来を楽しみにされていた彼は、たった六歳で帰らぬ人となってしまった。
「どうしてあの時、プールになんか行かせたのかしら」
「もう止せ、お前のせいじゃない」
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