第一話 追憶の雪

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 それ以来、この会話が両親の口癖となった。二人とも、私を責めなかった。その代わり、 「あの子に任せきりにしたのが間違いだったわ」 「そうだな、可哀想な事をしてしまった」  私が居ない時、二人がこんな会話をしている事を知った。そんな風に、こそこそ影で私を責めるなら、面と向かってハッキリと言って欲しかった。『なんで死んだのがお前じゃないんだ?』『私の頼家を返してよ!』という無言の叫びを感じ取る方が辛かった。  実名報道でニュースにもなったから、一時期は両親へのバッシングも最初の頃は酷かったらしい。『たった八歳の子に六歳の弟の面倒を見させるなんて親は何をしていたんだ』と。その証拠に、家の電話もファックスも処分していた。  大好きな雪を見る度に思った。白い大地に溶け込みたい、全てを忘れ身を清め、両親が望んだ姿へと生まれ変わりたい、と……。だから出来る限り、白い服装を心がけた。  弟が亡くなってから、我が家から笑い声は消えた。お通夜みたいに悲しみという湿り気を帯びたものへと変わってしまった。だから私は、弟の分も頑張ろうと勉強に、バスケ部に、絵に、お習字やピアノに全力を傾けた。そして弟みたいに明るく朗らかに剽軽(ひょうきん)に会話を盛り上げようと奮闘した。けれども、 「あの子の真似をしても、お前はあの子にはなれない」 「そういうの、辞めてちょうだい」  両親から思い切りダメだしを食らってしまった。それでも、二人に笑って欲しくて道化を演じ続けた。  ふとした瞬間、成長したであろう弟の姿を道行く人に見出した際、寂しそうの天を仰ぐ父。家族で食卓を囲む際、私の隣にいる筈だった弟の姿を求める母。ちっとも許されていない事を思い知る瞬間だ。  十年……。蝉時雨が降る時期。それだけ年月が過ぎても、両親の悲しみは()えなかった。そして私の罪悪感も。やはり、私なんかでは弟の代わりは務まる筈がなかったのだ。……もう、疲れた。何もかも。白の世界に身を委ねて終わりにしようと思った。ふと、高校の時スキー実習で一度だけ訪れた北の国が頭に浮かんだ。  ハッと我に返った。視界が白くぼやけるほど隙間なく雪が降りしきっている。もう少ししたら私の雪ダルマが完成するだろう。もう冷え切って寒さも感じない。ゆっくりとその場に腰をおろし、膝を抱えて座った。
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