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「―――…とさま…昭仁(あきひと)さま」 いつの間にか眠っていたらしい。目覚めた昭仁が後部座席で居住まいを正す。 車の運転手は鏡越しに申し訳なさそうな視線を彼に投げた。 「お休み中、申し訳ございません。間もなく到着でございます」 「いえ…、ありがとうございます」 粛々と仕事をこなす初老の運転手の後ろで、呑気に大口を開けて眠っていたかもしれないと思うと、どうにも気恥しさを覚え、昭仁は視線を窓の向こうに転じた。 最寄の駅前の活気あふれる界隈を走っていたはずの車窓からは、今では緑も滴るばかりの山々が、沈みゆく夕日の光を受け輝いていた。どうやらこの車に乗り込んでからの移動のかなりの時間を睡眠に費やしたようだ。 これから向かう先のことを見越してだろうか。懐かしい夢を見ていたような気がした。 月瀬本家の令嬢が、最近になって声をなくしたという。 その治療のため、昭仁は遠く東京から呼び寄せられることとなった。 実に、十数年ぶりの本家への立ち入りだった。
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