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マフラーを退けてしまうとベンチの冷たさが全身を駆け巡り同時に自分の不甲斐なさに泣きそうになる。
こんな私でいいのだろうか?
心配させて、気を遣わせて、彼に負担ばかり掛けているような気がする。
正直、私の気持ちの順位はマスクを外し、“伊藤ヒナ”だとバレる事よりも、素顔を見せない頑固な女だと、本当の事を打ち明けてもらえないのだと、信用してないと思われる方が怖い。呆れて、嫌われてしまう方が怖い。
今だけ伊藤ヒナに戻りたい。彼女ならばきっとこの逆境を明るく乗り越えてしまうのだろう。でも女優の“伊藤ヒナ”はもう存在せず、いるのは臆病で怖がりな伊藤日向だけだ。
あぁ、ヒナは魅力に溢れてたけど、私は、私は……………
自己嫌悪、マイナス感情のループに陥っていた私の両頬にぬくもりが押し当てられた。驚きに俯く顔を上げた私はベンチに座る私を見上げるように地面にしゃがんでいた彼と目があった。
「あったかいだろ?取り敢えず飲もうぜ、あったかいうちに。俺後ろ向いとくからさ。」
ニッと、笑った彼は片方のぬくもり、ホットのゆずレモンのペットボトルを私の手に握らせるとくるりと私に背を向けた。
優しい。
冷え切った体に温かさが沁みると同時に気持ちも少し上を向く。
優しい。
私が彼の視線を気にせずにすむように考えてくれた。
優しい。
敢えて何も聞かずに慰めてくれる。
知れば知る程に惹かれていく、嫌われたくない。そして、真っ直ぐに私を見て、優しさをくれる彼に恥じない私でいたい。
“ひな”としか見てもらえない自分に嫌気が差しマスクで素顔を隠した。素顔を隠した自分は伊藤日向に戻れたけれど、常にマスクを外せない、臆病な伊藤日向でしかいれなくなった。
でも、もうそんな自分は嫌だ。
“ひな”としても“日向”としても過ごしてきた自分があるから。
もう“ひな“に振り回されないで日向として生きていける、そう思う。いやそうなる。
マスクを外し、新しい伊藤日向で、彼に伝えたいのだ。
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