銀杏並木に想いを寄せて

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思い出に耽りながら足元に落ちている無数の銀杏を見ると幼いあの日々のように拾って持って帰ろうかと考えた。 還暦も過ぎたいい大人がするには少し恥ずかしいが、幸いなことに見ている人は誰もいない。 もしかしたら窓から見ているかもしれないという思いもあったが、久しぶりの銀杏拾いに心躍ってしまい三つ拾って手の中で転がした。 思わず笑みが溢れながら歩いていると家に帰るための曲道に差し掛かった。 イチョウ並木はまだ続いていてまだ歩いていたいが、この先の道から曲がっても家に辿り着く裏道はなく結局戻ってこなければならなくなるため断念し素直に道を曲がった。 裏通りは昔ながらの細い道で、軽自動車一台入り込むと人一人通れるか通れないかくらいの隙間しかなくなってしまう。 私が結婚して子供が生まれたくらいの頃に、家を改築し駐車場付きの一軒家に換えた人が多く、木造からコンクリートへ、そして車がたくさん通るようになって自分の子供達が事故に遭わないかいつも心配していた。 しかし心配はいい意味で裏切られ、事故もなく元気に育って結婚して今は家を出ている。 そんな家庭がこの辺りには多く存在していて、高齢化が進み車を乗る人も減り駐車場だった場所は物置へと変化していった。 使わなくなった物たちが捨てられることなく積み上げられているのを横目に、曲がり角をもう一度曲がって奥へ進んだ場所に昔ながらの木造住宅が姿を表した。 付近の家々が改築していく前はコンクリートの新しい家が目立っていたが、今となっては我が家の木造一軒家のほうが異質なものへと時代は進んでしまった。 だがたった一人で暮らしている今わざわざ改築する必要もなく、夫と子供たちと一緒に暮らしているときも不便を感じたことがなかったので、家族の間で改築するか否かなどという話も出なかった。 施錠すらしていない門を開けて、玄関の扉に鍵を差し込み引き戸を開ける。 外とは違う家独特のにおいと手で転がしている銀杏のにおいが混じり合う。 買ってきたものを片付けるために台所へ向かいながら、手の中の実を何に使おうかと考える。 拾うつもりのなかったものなのであまり材料はない、たくさん買っても一人で食べきれなくて勿体無いし、歳のせいか食が細くなっているのもあって凝ったものを作ることもなくなった。 迷った末、やはりお吸い物に入れるのが一番だと思い鍋の準備をし始めた。
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