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蠱刑
辺り一面が真っ白な雪化粧で覆われたその日、笹井は消えてしまった。
関東某県にある山奥の小さな旅館。
その日の宿泊客は私と笹井の二人だけのようだった。
小さな食堂で二人で食事をしていると、年老いた女将が声をかけてきた。
「こんな辺鄙な所にわざわざおいで頂きありがとうございます」女将は深々と頭を下げた。「この通りお客さんも殆どきませんで、正直、店を畳もうかと考えているんです」
「食事も美味しいですし、勿体ないですよ」
私の言葉に嘘はなかった。男の貧乏一人暮らしでは、ここまで美味い料理をいただける機会は殆どない。
「ありがたいお言葉です。しかし、建物も古くなってしまいましたし、私自身も昔ほど体力が続かなくなりましてねえ」
「誰か店を継ぐ人はいらっしゃらないのですか?」
「夫はもう随分前に他界しましたし、息子夫婦も交通事故で……」
「それは……。失礼いたしました」
「いえいえ、それも十年ほど前のことですからお気になさらず。ところで、観光地も何もないところへどのようなご用事で?」
「二人とも神社仏閣に興味がありまして」女将の問いに笹井が答えた。「この近くに不思議な鳥居があるらしいと聞いて、見に来たんです」
「虫山神社のことでしょうか。確かに少し変わっているかもしれません。でもあそこは……」と言いかけて、女将の顔が曇った。
「どうかしましたか?」
「いえ、明日は大丈夫でしょうが、雪が積もったら絶対にあの神社には行かないでください」
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