2019/01/03 6:00AM

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2019/01/03 6:00AM

 ぶるぶると机上のスマホが震え、着信を知らせた。  発信者は有明出版社の編集平島君だ。用件などは分かりきっている。  こんな日のこんな天気のこんな時刻にかけてくる電話などそれ以外にはない。  やむをえまい。わたしは意を決して通話ボタンをタップした。 「もしもし、しのきです」 「あ。先生。有明出版の平島でございます。あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます」 「……今、忙しいんだけど?」 思い切り不快そうな声で語尾をあげてみる。 「それは重々存じ上げておりますが、そろそろお原稿のほうを」 「締切まだでしょう? 月末じゃなかったかなあ」 「それは月刊有明のほうではございませんでしょうか。週刊有明のほうはもう印刷所にいれませんと」 うっ。騙されるわけはなかったか……。 手元の原稿用紙は神々しいまでに白いままだ。 「つきましては、お原稿をいただきにあがりたいのでございますが」 言葉だけは丁寧だが、なんとしても原稿を持ち帰るという不退転の決意が電話の向こうから漏れ聞こえる鼻息から窺われる。このままでは生命が危ない。だが週刊誌の原稿を落とせば作家生命が危ない。……どっちも危ないじゃん。 いっそ富士の樹海へでもいって自殺しようか、殺る前に殺れ、もとい殺る前に殺られろ。いやしかし作家たるものそうそう見苦しい死に方はできない。プロフィール写真がまるで下町のおかみさんのように写っていることを思い出した。あれを遺影にされてはたまらない。  わたしは床に散らかるゴミ……雑誌、コンビニのビニール袋、愛してやまないマックスコーヒーの黄色と焦げ茶の缶、食べっぱなしの食器、脱ぎっぱなしのデニム、セーター。玄関にばバッグと開封もしていないDMの封筒の束。原稿用紙と資料とごみの渾然一体。汚部屋のなかの汚部屋。キングオブ汚部屋。いやわたしは女だからクイーンオブ汚部屋になるのであろうか。いやいや、こういう場合はザ・汚部屋でいいのではなかったか……。 死ぬことはどうやら神の思し召しに叶わぬようだ。わたしは重々しいため息をきこえよがしに思いっきり電話の向こうの平島あてに吐き出した。そしてとりあえず平島には午後3時にくるように指定し、真っ白な原稿用紙に向かった。 何も浮かばない……どうしよう……原稿用紙が神々しいまでに白く輝いた。
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