第一章 永笑-とわ-

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そう思った僕はテトラポットまで全速力で走って行く。しかし、そこにはやはり何も無く、テトラポットは打ち上げられる波飛沫を浴びるだけだった。 落ちてしまったのかと思い、恐る恐る海を覗いて確認したが何も見えない。そもそも、その女性が立っていた場所は足場が悪く、とても二本足で立てるはずが無い場所だった。 僕が生きていない人間を見たのは、この日が初めてだった。 それからの僕は、生きている人間と生きていない人間の二種類を見るようになる。 母は僕のように生きていない人間は見えたりはしない。 「お母さん、また窓から誰かが覗いているよ?」と言うたびに、母に怒られた。「マンションの五階の窓から覗ける人が居るわけないでしょう」と。 この頃の僕はまだ、生きている人間と死んでいる人間の区別がつかなかった。
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