第一章 永笑-とわ-

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それから三日後、母は病院で息を引き取った。 女手ひとつで僕を育ててくれた母に、僕は何もしてあげることができなかった。 『就職したら、お母さんに初任給でステーキご馳走するから』 『ありがとう、期待してる』 そんな会話をつい一週間前にした所だった。 悲しむ暇もないままお通夜の日を迎える。 黒いネクタイを締めた人間が僕の目の前を通り過ぎる。 母の遺影を胸に抱えた僕は、虚ろな目でその人達の背中を見つめていた。 「どれだけ愛されているか、それは死んだ時に初めてわかる。笠井のお母さんは、たくさんの人に愛されていたんだな」 母の事故を知らせてくれた担任は、どこかの哲学者が残したような言葉を呟いていた。
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