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「どうぞ」
「いただきます」
さっきまで温めていたのだから当然だが、マグカップは冷えた私の手には熱くて、そっと持ち上げて飲む。じわ、と私のお腹に温かさが広がった。
「…おいしい、です」
「それは良かった」
数口飲んで脇に置く。温かい飲み物って、どうしてこんなに安心するんだろう。
横に座ってコーヒーをひと口飲んだ彼が、私をじっと眺めているのに気がついた。笑っているのかいないのかよく分からない茶色い瞳と目が合う。
「あやめ」
彼が、久しぶりに私の名前を呼んだ。
「何、どう―――」
どうしたの、と言おうとした口は、彼の口で塞がれた。長い指のついた大きな手が、私のボブ頭を後ろから撫でる。
私は目を閉じた。私は彼からしてくれるキスが好きだ。でも、こうやって私から家に行った時には滅多にしないのに。珍しい。
さっき飲んだコーヒーの味とココアの味が混ざり合う。冷たかった互いの唇も、上がる体温に従って赤く、敏感に熱を帯びる。
二度目に唇を離した瞬間、ふっ、と彼が私の方に身体を傾ける。
「っ!?」
私は当然何の支えも心構えもなかったため、そのまま安いカーペットの上に押し倒された。ちょっと、と言う間もなく、流れるような動作で手首を掴まれ、身体の自由を奪われる。
驚く私をよそに、彼は至近距離でこちらを見下ろす。その目は、笑っていなかった。
「ちょっと、待っ」
また言葉を途中で堰き止められる。
待って。何か、いつもと違う。いつもの翔じゃない。
彼は、こんな強引に「入って」くるようなキスなんて、今まで一度もしてこなかったのに。
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