踏切穴の雄一

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 さて、  それはいいけど、だ。  7時8分だ。  次の電車がやってくるのだ。  下り普通列車。  遮断機が下りる。  そして。  来た。  マルちゃん。  俺のマルちゃん。   マルチーズを連れてるからマルちゃん。  白いマルチーズを連れて。  今日は白いスポーツ・ウェアを着てる。  スラっと背筋が伸びて。  ポニーテール。  小顔。  ほっそいウェスト。  胸の膨らみ。  Bカップ相当か。  目深にキャップ。  ノーメーク。  ぱっちりお目々。  色白。  ああああああ。  マルちゃんが一瞬見えなくなる。  電車通過。  電車通過。  マルちゃん。  遮断機の向こう側。  俺のマルちゃん。  「おはようございます」  透き通るような声。  マルちゃんの声。  挨拶は車で通りかかった男に向かって。  ベンツ。  Eクラスのセダン。  黒。  この男は知ってる。  よく知ってる。  柳原君。  近所。  同級生。  嫌な奴。  わかり易い、嫌な奴。  昔から。  小学生の時から。  奴は四月生まれ。  俺一月生まれ。  最初から差をつけられてた。  最初から馬鹿にされてた。  奴はきっといい高校に行き、いい大学に行き、いい会社に就職したんだろう。  そして出世したんだろう。  五十過ぎて、金持ちになって、外車に乗る。  わかり易い嫌な奴だ。  そんなふうにして誇示する。  自分の力を。  いつもそうだ。  いつもそうだった。  しかし。  奴も歳を取ったもんだな。  禿じゃないか。  そしてデブだ。  力を外車でしか誇示できないなんて、わかり易過ぎてお笑いだ。  踏切を渡ってくる。  ベンツ。  ご出勤か。  ご苦労なこった。  嫌な顔を見ちまったな。  それはいいけどマルちゃん。  俺のマルちゃん。  マルちゃんが歩いてくる。  踏切を渡ってくる。  小鹿みたいだ。  マルチーズのおチビちゃんに引かれて。  ハツラツとしてる。  歩くたびに元気。  元気が伝わる。  マルちゃんは元気だ。  マルちゃんが歩くと、その元気が分け与えられる。  俺はこうして部屋のベッドの上で、この穴からその恩恵に預かる。  マルちゃんマジ天使。  ああ。  通り過ぎてしまった。  俺のマルちゃん。  マジ天使。
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