踏切穴の雄一

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 ああ。  思い出していた。  俺は思い出していた。  俺自身。  俺の学生時代。  俺の学生時代は短かかった。  中学2年までしかない。  その俺の短い学生時代を嫌な思い出が支配していた。  俺もやせっぽちだった。  そして柳原はデブだった。  その頃からデブだった。  デブで四月生まれの柳原は早生まれでやせっぽちの俺を駆逐した。  ああ。  思い出してきた。  大事にしていたカウンタックの消しゴム。  黄色いカウンタックのスーパーカー消しゴム。  母ちゃんが買ってくれたんだ。  柳原はそれを投げた。  線路へ投げた。  踏切の真ん中から、電車が来る筈の方向へ向かって投げた。    電車はまだ来ていない。  柳原は試したのだ。  俺を。  取りに行けるか。  線路に投げられた消しゴムを取りに行けるか。  行けない。  俺は行けない。  踏切に立ち尽くす俺。  去っていく柳原。  いくじがねえな。  柳原が言う。  言い捨てる。  柳原の後ろ姿。  後姿が優越感を誇示。  俺は再び線路を見る。  しかし見えない。  カウンタックの消しゴムは見えない。  敷石の間に落ちたのか。  取りに行けない。  俺は取りに行けない。  母ちゃんに買ってもらったばっかりのカウンタック。  すごく気に入っていたカウンタック。  ベッドの上で膝を抱えた。  ガタガタと震える。  膝が震える。  思い出すとこうなる。  震えが止まらなくなる。  足が震えるのだ。  止まらない。  どうすることもできない。  俺はどうすることもできない。
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