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「よし……っと」
スニーカーを履いて家を出る。
真夏の太陽は今日も、見下すように俺らを凝視している。照りつけるその光は、母さんと俺の髪の毛を明るく照らす。
俺が住んでいるところは海沿いで、湿気という湿気はさほどなく、夏でも少し涼しいと感じるような気候に位置する。が、髪は整えにくい。それだけはどうしても悩みだった。
それでいてかなり田舎。都会は人混みが嫌だという母さんのわがままだ。
そんな田舎で、母さんは近場の中学校で歴史の先生をしていた。
そんなに歳もいっていないせいか身長のおかげなのかは分からないが、よく高校生くらいに見られるんだとか。
だけどそれもあまり気にしてはいないらしく、「小さいなら小さいままの方が可愛がられるのよ?」とニコニコしながらいつも話してくれる。
「それじゃ、行こうか」
「はーい」
白ワンピースに麦わら帽子姿。
母さんは何を着ても似合う。美人とはこういうことを言うのだろう。
呑気な返事をした母さんは、微笑みながら俺と歩き始めた。
はっきりいって、俺の母さんはかなり色白だ。それでいて髪の色も、現代では珍しい薄桃色。
今は肩甲骨くらいまでだが、昔は腰まである長さだったらしい。
俺の髪色は茶色。言ってしまえば、父の遺伝。でも、出かけ好きな性格や面倒事が嫌いなところを見ると、性格は母譲りのようだ。
そして、母さんの左手には、赤い三日月形の模様が刻まれている。
何度も見てきた。恐らく簡単には取れないものなのだと前々から察していた。
「母さんのその左手のやつ、なんなんだ? ずっと気になってるんだけど……」
俺がそう聞くと、母さんは左手を少し上にあげる。
「あぁ、これねぇ……」と物憂げに見つめる母さんの目はどこか懐かしげで、これ以上聞くことを躊躇いそうになる。
どこか辛い思いをしてしまったに違いない。
母さんのその目を見る度に、そう思う。身体の所々に古い傷跡がついているし、しまいにはこめかみの部分に小さな切り傷のような跡までついているのだ。幼少期からやんちゃをしていたと母さんから聞いたが、本当にそうとは肯定しがたい量の傷跡だ。
「んーそうねぇ、お母さんが初めて大学を卒業して歴史の先生になる……大体十年くらい前かしら」
「十年って……十四歳!? 中学生の頃じゃないそれ!?」
一人で驚愕した俺に対して「そうよ?」とニコニコ笑いながら答える母さん。
「そんな前に何があったのさ……」
母さんの両親は既に殺されている。
その悲しい過去の全貌は、俺も小さい頃に母さんから聞いているので知っている。
けど、話を聞いた限りだとそれは五歳の時のはずだ。何があったのだろうかと、俺は疑問を持った。
「お母さんが、幽霊とか見えるっていう体質は知ってるわよね?」
「うん、だってあそこにいるんでしょ?」
俺が指をさしたところには、見知らぬ女の人。足は透けており、真夏に着るにふさわしくないであろうロングコートを着用した、見るからに「あっこの人幽霊だ」と思えるような姿をしている。
「そうそう。よく分かるわね」
「だって母さん、結構いろんなところ見るんだもん……」
「あら、また昔の癖が出ちゃったのね。お母さんったらまったく、すぐ昔の癖が出ちゃうんだから……」
クスクスと笑う母さんを見て、つられて笑ってしまった。
「あら、おはようまこちゃん!」
不意に俺と母さんは話しかけられる。
近くに住むおばさんだ。小さな頃から俺の姿を見ているので、もう十数年と見慣れたおばさんだった。
「おばさん、おはようございます」
「おはようございます~」
「今日もお出かけかい?」
「えぇ、そうです」
「熱中症とか流行ってるから、気をつけていってきてね!」
「はい、行ってきます」
「行ってきます~」
いつも挨拶するおばさんは、今日は風通しの良さそうな肌色のカーディガンを着ている。二十七インチの電動自転車を押しながら話しかけてくるその姿は、さながら幼い頃に見た俺の祖母に似ている気がする。
生まれ変わりとかじゃないよな……。そんなことを思いながら、また母と歩き始める。
「……ねぇ、あの子」と後ろから声が聞こえる。
ふと振り返り見ると、俺を指さして何かを言っているおばさん。
と、その隣にはおばさんの友達であろう人物がぼそぼそと話をしている。
俺の事だろう。だって……。
「まこちゃん」
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