また会えるならば、この喜びを、この祝福を

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 ゴロゴロ……と重い音を立てて扉は閉まる。  やがて電車はゆっくりと動き発車する。  電車内は誰もいなかった。  少し寂しさを覚えながらも、俺は運転席の反対側から見える景色をじっと見ていた。 「それで? 左手の模様は?」 「あ、そうね。えーっと……まこちゃんは、お母さんがよく言う『巴御前』とか『坂額御前』は知ってる?」 「あぁ……母さんが好きな女性の武将だっけ」 「そうそう! 実はそれに関係しているのよ~」 「なんだそりゃ……」  巴御前は、歴史を知るものなら名前位は知っているであろう、日本では数少ない女武将の一人。  坂額御前も同様で、それぞれ平安時代末期と初期に活躍した女武将。  どちらとも平安に関わっている歴史上の人物だ。歴史の先生の母ならではの知識だが、それ以外にも、教科書に載っていない史実まで語るため、多少知りすぎている部分もある。 「あ、見てみて母さん。海見えてきたよ」 「あっほんとだ……! いつ見ても綺麗ね、まこちゃん!」 「うん……」  電車に並列するように、カモメの群れも飛んでやってくる。  カモメはよく餌をやる。  そのせいなのか、俺はカモメにだけは懐かれている。 『末広町……末広町です……お出口左側です』 「あと一駅か……」  母とたわいもない話をしているうちに、電車はゆっくりと停車して、やがて扉が開く。 『扉閉まります』その声の数秒後、先ほどと同じような重い音と共に扉は閉まる。  そしてまた、ゆっくりと動き出す。  電車が揺れる度、俺の身体も、母の身体も揺れる。  ガタンゴトン……静かなその音を聞きながら、俺は目を瞑る。  俺がこれから行く先は、毎年欠かさずに訪れている大切な場所。同時に、海がすぐそこにあるためにさざ波の音を聞きながら回るのが楽しみの一つ。 『次は、大町……大町です。お出口左側です。電車とホームの間が広く空いている場合があります。お降りの際は足元に……』 「よし……準備するか」  十分ほどしてようやくアナウンスが流れ、座席から降りて左側扉の方へとゆっくり歩く。  やがてだんだんと速度が落ちていき、ホームで電車はとまる。  扉が開き、運賃を払い俺と母は電車から降りた。
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