霜降る

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 おばには当時恋人がいた。  三十半ばから続いていた恋人には、妻子があった。相手の男とおばは、こっそりと付き合っていたらしい。関係は長く細く続いていたが、おばは四十を過ぎて子を成した。  その頃の万紗子おばはつわりでやつれてはいたものの、格別に美しかったという。  しかし、子ができたと知った男は動揺し、妻にすべてを打ち明けてしまった。夫の裏切りを知った妻は、怒り狂って万紗子おばの家に乗り込み、刃物を振りかざした。 「……それで?」  母は鍋に切った大根と油揚げを入れた。今夜のみそ汁の具だろう。 「それで、流れてしまったのよ」  子が流れて一週間後、母はおばの様子を窺いに行った。その時には髪が真っ白になっていたそうだ。 「あのとき宿した子は、万紗子おばさんのたった一つの希望だったのかもしれないね」  おばは子どもの認知を希望してはおらず、一人で育てるつもりだったらしい。決意の矢先に、子を亡くしてしまったのだ。  その後の万紗子おばの境遇は散々だったという。  相手の男はおばの職場の人だったらしく、二人の関係は妻が乗り込んだのを期に職場に知れ渡り、辞めることになった。  親族からは中傷の的となった。田舎の町だ。一度そういう噂が広まると、収まるにはずっと時間がかかる。居場所をなくしたおばは隣の町に行ったが、四十を過ぎていたのもあり、ろくな仕事に就けず、最低賃金に近い時給を稼ぎ、細々と暮らしていたそうだ。  不思議なのは、おばのいきさつを語る母だった。既婚者としておばを嫌悪してもおかしくないだろうに、母は至って淡々としていた。そして詳細を知る母は、どうやらおばと細く交流を保っていたようだった。まだ十七歳の私には、母の心境を測ることはできず、疑問が頭をもたげる。  いつかこの町を出て、十も歳を重ねれば、おばや母の気持ちを理解できるのだろうか。
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