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脳裏に焼き付いているのは、白く冬でも温かい病室と、真っ白な髪を後ろで一つに結わえたおばの髪だ。
おばは病室を恐る恐る覗いた私の顔を見て、
「大きくなったわねえ」
と微笑んだ。
「真珠ちゃんのお使いね? ご苦労様」
真珠とは母の名だ。
おばに母に持たされたお土産の焼き菓子と、着替えの入った袋を渡した。特に話題もないが、取り繕うように、来客用の丸椅子に座った。病室は個室だった。おばはそれほど重い病気なのだろうか。それとも、大部屋が開いていなかったのか。
何を話したかはほとんど覚えていない。けれど、それほど近くないおばに、高校を卒業したら、遠くの大学に行くつもりだと、告白したのは確かだった。
「あら、さみしくなるわねえ。どうして遠くがいいの?」
私は視線をさまよわせた。
「この町は息苦しいから。いつも誰かが見ていて、口さがのないことを言われる」
おばは首を傾げ、「そうねえ」と思いを巡らしているようだった。
「どこへ行っても同じようなことがあるけれど、それでもこの町は狭くて息苦しいものね。特に私たち女にとっては」
正月や盆、法事があれば、男たちは座して酒を飲み、女をこき使って我が物顔で酌を要求し、赤ら顔で子どもや女の容姿や素行を親戚が揃った中でからかう。それを笑顔で躱さなければ愛想がないとまた野次られ、おまえの育て方が悪い、と母が非難される。
親戚を抜けだしても一緒だ。町の面々はほとんどが知り合いで、少しでも突飛なことをすると噂を立てられ、家族ごと杭で打たれた。
吐き気がするほどうんざりする。
けれど、大学受験を終えれば、私は外の世界に飛び立てるのだ。そう思うと、胸がすく思いがした。しかし、このうんざりした空気を共有しながら、この町に残るおばや母の気持ちがわからなかった。
「おばさんは幸せ?」
この町で暮らして、という意味で訊いた。そのとき私はまだおばの境遇を何も知らなかったのだ。
おばはゆっくり微笑み、外を見た。
晴れた冬の日だった。太陽の光は積もった雪に反射して、病室を強く照らしていた。
「私はもう死んでしまったから」
おばの顔は太陽の強い日差しで見えなかった。
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