鐘の音に想う

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「書類が・・・・・・。お前の暑苦しい胸板なんかいらない」 「結構頼りがいがあって素敵だと言われているんだが」 「じゃあその素敵といってくれる女性のところにいって幾らでも見せびらかせて来い。私はいらない――。書類を拾わないならもうどっかへいってくれ」  立ちあがった男は書類をとろうと伸ばした私の手首を握った。仕事にならないことに文句を言おうと顔を上げると身体を密着させられたので、本気かと問うべくでかい男を見上げると、これまた意外に切なそうな瞳で食い入るように見つめられた。 「お前は寂しいはずだ――」  余計なお世話だ――。 「お前に同情されるくらいなら、犬でも飼うさ」  逃げようと必死なのに、体格差からか、力の差からか微動だにすることが出来ない。  そうこうしているうちに、顔が寄せられる。 「犬はこんなことはしてくれないぞ――」  そっと合された唇が、思っていたより冷たいことに気付いた。    ああ、こんな男でも緊張しているんだと思うと意外過ぎて、笑いたくなる。 「舌を噛み切ってやる」  唇を開けろと催促されるので、冷気をまとわせた瞳で本気を込めて忠告してやった。私という男をこの男はわかっているはずだ。     
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