ショコラデー

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 眼鏡をかけ、多少黒いと呼ばれる笑顔で武装した私には、あの男がいったように色々な人間達が寄ってきた。それまでは、リチャード様に取り入るために私を利用しようとしているとしか思えなかった貴族たちが、そればかりでないということに気付いたのは、眼鏡があったからだろう。人の顔色を読むことに長けていた私が、ぼやけて見えない人間達に壁を作ってしまったのは、生まれと弱さ故だろう。  私が変わって一番喜んでくれたのは勿論リチャード様だった。そして亡くなった王もだ。 『今のお前になら、リチャードを頼めるよ』  今際の席でそう言って手を握られた時、認められた嬉しさと、リチャード様の悲しみを思い、涙が零れた。  しんみりとしたのは、そこまでで、崩御にあたっての霊祭に新王即位のための準備に大忙しだった。新王が立つのは崩御から三か月後。やっと霊祭が落ち着き、少しだけ息を吐けそうだとほっとする。 「こんな時間までやってるなんて、お前、馬鹿だろ――」 「ヴァレリー・マルクス隊長! いいところへ」  ユリウスの弾んだ声と、私のペンを握る手が武骨な手に邪魔をされたのは同時だった。 「何を――。邪魔をするな」 「その隈をなんとかしてから、言え。リチャード様は、この部屋の明かりが消えないのが心配で、眠れないんだ。主に心配をかけるな。――ユリウス、急ぎの書類は終わっているのか?」 「はい、宰相補佐官の署名でも大丈夫です」 「ユリウス!」 「少しお休みください。心配で・・・・・・。なにかあったら迷わず、閣下を起こします。だから・・・・・・」  リチャード様に心配をかけてまで今やらないといけない仕事はない。ついつい先までやっておかないと気が済まない自分の性格のために、まだやっと二十歳になったばかりのユリウスを巻き込んでいることに気付く。私が帰らないと彼も休むわけにはいかないのだ。 「ユリウス、お前ももう帰りなさい。ありがとう」  ヴァレリーに眼鏡を取り上げられ、机にしまわれた。  諦めに似た溜息を吐いて、立ち上がろうとしたところをクラリと眩暈が襲う。
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