花を買いに

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 宰相の執務室は、国王の執務室と別棟になっている。いざという時、どちらかが無事でないと緊急の指示が出来ないからだ。理由はわかっているが、この限りなく平和な時代には、ただの面倒くさく古いしきたりでしかなかった。 「ユリウス、書類に陛下の御璽をもらってきてくれ」  国王であるリチャード様も仕事の全てを把握されて、もう教師のように側に控えていなくても大丈夫だから、一日に数度しかお目にかかれない。それが不満といえば、不満の源だが、これもいい大人だから仕方がない。 「ユリウス?」    年若い補佐官のユリウスは、窓の外を見つめたままぼんやりとしていた。 「おい! ユリウス!」 「あ……、申し訳ございません」  先輩であるウォルターが、慌ててユリウスを叱責する。 「どうした。ユリウスらしくないな。具合でも悪いのか?」  忙しいと噂の宰相府だけど、今は差し迫った国事があるわけでもなく、普段の業務(それはそれで大変だが)をこなしているだけなので、具合が悪いなら帰って休んでもらって構わないのだが。 「いえ、大丈夫です」 「閣下、ユリウスは失恋して、落ち込んでいるんですよ」 「ユリウスを振る?」  身内のひいき目かもしれないが、優秀な青年だ。どんな忙しい時期も弱音をあげず、最後までやり通す根気も根性も備わっている。見た目も、やや線は細いが男性として問題があるとも思えない。顔は整っているんじゃないだろうか。家格は、高いわけではないけれど、この年で宰相補佐官になるのだから前途洋々としている。  余程の馬鹿な女だったのだろうか。 「僕が悪いんです。仕事仕事でデートにあまり誘えなくて……。そうこうしているうちに、『実は私、筋肉隆々とした男の人が好きなの』って……」  申し訳ない気持ちもあるが、それは、趣味の問題だろう。 「で、その女が告白したのが、あいつですよ」  窓の外に立つ騎士は三人。王と宰相の執務室の間にある中庭は、厳重な警備が敷かれている。だから、ここから見える場所に立つということは、その男も騎士の中で優秀な若手なのだろう。 「なら、お使いは他のものに行ってもらおう。エルマー行ってくれ」
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