鐘の音に想う

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 こいつのいうしかというのは、男という意味だ。女はとっかえひっかえ、騎士団のヴァレリーに娘を見せるなというのが貴族社会の標語になっているはずだ。 「なら、止めるか」  うん、それがいい。そんな未知な領域に敢えて進む必要などない。撤退は立派な戦法だ。 「止めない――。カシュー、お前は人の気持ちに無関心すぎる。だから直ぐに上の者たちと喧嘩になるんだ。お前が、人の機微を覚えれば、きっと素晴らしい文官になるさ。そうだな、宰相閣下と呼ばれるほどの――」 「親を失った身寄りのない子供だった私が――? 殿下の好意がなければ、虫けら同然の扱いを受ける私がか――?」  普段なら流せる言葉が、淀んだ川の堰のように溢れそうになる。渇いたように嗤ったのは、自分自身の身の上か、この卑屈な心か。 「お前は優秀だ。それは皆が知っていることだ。殿下が拾い上げた石はただの石ころではない、磨けば光り輝く原石だと言われているのを知らないのか?」 「知るか。・・・・・・恥ずかしいやつだな――」  真摯な目で偽りのない心を伝えようとするこの男こそ、未来の騎士団長だと言われているのに。 「もういい――。黙れ」  手首を掴んで、私はこの部屋の奥にある寝室へと男を誘った。  カチャリと鍵を掛ける。今日は城にいる皆が忙しすぎて多分自分を探しにはこないだろうと思っていたが、それでもいざという時に邪魔をされるのは好きではない。 「お前の寝室・・・・・・初めて入った・・・・・・が、汚いな・・・・・・」  汚れているわけではないが、所せまいしと床も寝台の上も本が積み上げられている。 「・・・・・・止めるか?」  嫌なら帰れと、言いながら、汚しては堪らないので本を寝台から撤去していると、溜息を吐きながら男も手伝い始める。  清々しい・・・・・・とは言い難いが、ここ最近にないくらい本は片付いた。これで終わっていいくらいの充実感だった――。
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