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寝台に転がり、一番近くにあった本をペラリと捲った。王都にある料理屋のレシピ集だった。暇な時は、こういう自分にあまり意味のないものを読むようにしている。味も匂いも知らないレシピが頭の中で沢山あるが、使われることはないだろう。
「おま、え、何寛いでんだ?」
直ぐにでも始めたかったのだろう男の気持ちを挫いたのは楽しくて仕方がなかったが、お冠のようだ。
「いや、この寝台がこんなに広かったんだと感慨深いな・・・・・・と」
「そうだな、それだけはいいことだ」
寝台に転がっていた私の横に座り、ヴァレリーは意外に女々しいのか「いいんだな?」と訊ねてきた。ここで「駄目だ」って言われたら帰るんだろうかこの男はと思いながら、流石に私も素直に頷いた。
「後悔するなよ――?」
それはこっちの台詞だ。
「んっ・・・・・・あ・・・・・・、待て――」
「何だ? 怯んだのか?」
噛みつくような口づけに男がどれほど望んでいたのかわかる。
「潤滑油、いるんだろ・・・・・・」
男は女のように濡れない。
「ある――。薔薇の匂いだけどな」
着ていた騎士の上着のポケットを探り、男は小さな緑色の瓶を寝台に落とした。
「用意周到なことだ」
どうせそれはいつも女に使っているやつだろう。まぁ、どうでもいいことだ。
「くっ! 噛みつくな」
「さっきのお返しだ」
首筋に歯をたてられて身を捩れば、そんなことを言う。俺の噛みつきなんて、赤くすらならないようなものだったのに、こいつのこれは・・・・・・絶対歯型がついている。
「しつこい・・・・・・」
耳を引っ張ると、地味に痛そうに起こした顔が情欲に歪んでいた。
「お前、いつもこんなやり方なのか? 野獣って呼ばれているんじゃないのか?」
「いつもは・・・・・・、こんなんじゃない。俺が抱いたっていう印が欲しいから・・・・・・。お前に消えない跡をつけてやりたかった・・・・・・」
何だろう、この最後の記念的な・・・・・・と思ったところで気付いた。
「ああ、もしかして、お前。失恋記念に一回とか思ってたの?」
図星だったのだろう、目線が宙を彷徨う。
「そうだ、心の傷につけ込んだ卑怯な奴だと笑えばいい」
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