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カラフルで心躍るような、いかにも夢と希望を膨らめましたと言いたげなものが数々並ぶ中で、それだけが異彩を放っていた。
楽しい気分を払拭させる様な、それまで湛えられていた笑顔を失わせる様な、万人を黙らせる異様な圧力がそこにはあった。
私はその光景をきっと忘れないんだと思う。
事はふた月ばかり前にさかのぼる。
大学が休みに入った私が、久しぶりの一家団欒を楽しんでいる時、皆で見ていたテレビの万国博覧会の特集が発端だった。
ほぼ建設が終わった会場内を若手の女性リポーターが案内し、様々な見どころを紹介すると言うものだったのだが、そこで既に設置されたものがいくつか紹介されたのだ。
「ご覧下さい、会場の内壁には公募された作品が早くも展示され始めています。どれも万博に相応しい素晴らしい作品ですね!」
会場を囲む壁面の内側は簡易的なギャラリーの様になっていて、そこに『平和』をテーマにした様々な平面作品が展示されていた。
園児が画用紙にクレヨンで描いた様な物、様々なフォントのタイポグラフィで様々な国の『大好き』を集めて世界地図にした物、世界の風景写真をちぎってハートの形に貼り合わせたもの。色とりどりの風船を描いた絵画もあった。
平和をテーマにした作品で平面構成であることが条件らしい。
アマチュアである事を除けば年齢も画材も一切制限はない。そしてケチ臭くも賞金もない・・・。これも一つのボランティアと言う訳だ。
見るなり父さんはこんな下手くそなのを海外の人にも披露するのかと笑ったが、母さんは平和への思いを表現したり大勢で作る事に意味があるのよと言った。
そんな事はお構い無しに女性リポーターはそのいくつかを紹介し、当たり障りのない様な褒め方をした後、公募は万博開幕一週間前まで受け付けることを告げた。
それと同時に画面に応募要項のテロップが登場する。
「婆ちゃんも出してみたらどうだい。」
父さんが気軽にお婆ちゃんにそう言ったが、それはからかっているだけで引っ込み思案なお婆ちゃんが『そんな事はしませんよ。』返す事を家族全員が分かっていた。
なにせ一年前から通い始めた絵画教室の展覧会に出品する事すら拒むのだから。
所がお婆ちゃんは神妙な面持ちでテレビを見ていた後、小さく言ったのだ。
「そうですわね。そうしましょう。」
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