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「え?なに?婆ちゃん本気?」
振った父さん自身がお婆ちゃんに振り返る。
「もちろんですとも。わたくしも平和に一肌脱がせていただきますよ。」
そしてお婆ちゃんは次の日には絵画教室のアトリエの空いている時間を使わせてもらう算段を整え、さらに翌日には制作に取り掛かった。
いつも陽だまりみたいにのほほんとしているお婆ちゃんの思わぬ行動力に私も両親もびっくりするばかりだった。
なんだかやる気になってるお婆ちゃんを応援したくて私は何か手伝う事はないかって聞いたらお婆ちゃんはにこにことお礼を言いながら私にお使いを頼んだんだ。
おかしなものを頼まれたものだから聞き返しちゃったんだけど、やっぱり『赤土を少し』だった…。
『平和』と『赤土』、私にはどうにも結びつかなかったのだけれどひとまずホームセンターで一番小さな袋を手に入れてお婆ちゃんの居るアトリエに向かった。
「お婆ちゃーん」
アトリエのドアを開くとそっと中を覗きこむ。そして、言葉を失った。
真っ白な装束に身を包み、床に倒れている彼女の胸から腹にかけて真っ赤な染みがついていた。
私は手の物を取り落とし悲鳴を上げて彼女に駆け寄った。
「お婆ちゃんしっかり!ああ!なんて事!お婆ちゃん!」
所がその声に反応したように、お婆ちゃんはあっさり目をあけた。
「あら…」
思い出したかのように私の目からぶわっと涙があふれ出す。
「あら、じゃないわよ!もうっ!何の冗談よ!」
「心配かけてしまったようですね。ごめんなさい。」
「私殺されちゃったかと思ったのよ!どんな事件があったのかって!」
身を起こしたお婆ちゃんはいつもみたいに柔らかく微笑んで私を抱きしめた。
「ちょっと興奮してしまって貧血を起こしたようですね。」
「絵具ってオチ?!」
涙声で私が講義するとお婆ちゃんはバツが悪そうにええそのようですと言った。
「なんで死に装束みたいなカッコしているのよ!」
「あらあら、せめてお遍路さんと言って欲しいものですわね。」
くすくす笑うお婆ちゃんには反省の色が無い。
「本当に心配したんだから!」
「そうね、ありがとう。大切な事ね。」
「本当になんでもないの?」
お婆ちゃんの声に落ち着きを取り戻させられながら相手の顔を覗き込むと、お婆ちゃんはいつも陽だまりの微笑みでこっくり頷いた。
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