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序
「歩人? もしも僕が死んだらさぁ……」
突然そんな物騒なことを言い出したのが大好きな兄でなかったら、森山歩人は間違いなく聞こえなかったことにしたに違いない。
しかしまるで「夕飯なにかなぁ?」的テンションでそう切り出したのが、この春揃って中学に進学したばかりの双子の兄で、しかも生まれついての心臓の病で入院中ともなれば、聞こえなかったことにするのは不可能だった。
「楽人! なに言ってんだよ!」
ほぼ反射的に声を上げて、兄の休むベッドに乗り上げるように体重をかけた。
「もしもの話だって、そんな怖い顔しないで」
なにが、もしもだ。
歩人は怖いと言われた兄にそっくりな顔の眉間の皺を深くした。
「聞かないよ? 俺、楽人の話、聞かない!」
「うん、聞いて?」
はっきりと拒絶の言葉を伝えたというのに、全く意に介す様子もなく楽人はベッドの上でゆっくりと居ずまいを正すと、口元に微笑みを浮かべた。
「やだって! もしもなんて起きないよ!」
「起きるかも知れないよ? 『もしも』って『可能性』の話だからね?」
「そういうことを言ってるんじゃないって! 楽人、俺怒るよ!」
「歩人、問題はそれがいつ起きるかだと思うんだ。だからね、もしも――」
「もしももなにも! 俺は楽人と一緒がいい!」
続きを言わせないよう、歩人は声を荒げて結論を出す。
しかしいくら声を荒げようと、病床の兄は少しだけ困ったような表情を浮かべると、あとは静かに歩人を見つめるだけだ。
なぜ楽人が突然そんなことを言い出したのか、わからない。
わからないけど、わかりたいとは思わない。
「だって俺たち一緒に生まれて来たんだから、一緒がいいに決まってる!」
いつまでたっても口を開かない楽人にしびれを切らして歩人は続けた。
本当はわかっている。
自分がどれだけ子供じみたことを言っているのかぐらい。
だけど言わずにはいられなかった。
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