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 別に自分が歩人だとバレても、そんなに動揺する事ではない。  向こうが勝手に『楽人』と呼んだのだ。  そう思いはしても、見ず知らずの人物が自分の事を知っているというのは、あまり気持ちのいいものではなかった。  楽人経由であの男に自分の事が知られたというのは、疑いようがないだろう。  ――なによりその状況は許しがたい。  楽人に自分の知らない知り合いがいるなんて。  どっかの誰かが「ブラコンかよ!」と言ったとしても「そうだけど、なにか?」と真顔で返す自信がある。  いいや、自信しかない。  カーブでバスの車体が大きく揺れた。  我に返った歩人は、膝の上に乗せた通学鞄を抱え直し姿勢を正す。  今日はたまたまいつもより早い便のバスに乗ったから、あんな目にあったのだ。  明日からはまたいつもの便に乗ればいいだけのこと。  そう結論付けると、歩人はそのまま目を閉じバスの揺れに身を任せた。
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