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「歩が本当に、どうしても、欲しくなったら連絡くれればいい。それまで待つから」
「本当に、どうしても、欲しくならなかったら……どうしたらいい?」
「どうもしなくていい、待ってるから。それに歩はすぐに欲しくなるに決まってる」
「一生、欲しくなんないかも」
「なるさ、歩はいろんなこと難しく考えすぎなんだ。一回そういうの捨ててみればいい」
「無理」
「即答すんなって。大丈夫、大切なことは一回離れてみても必ず帰ってくるから、な?」
いつかどこかで、よく似たことを言われたことがある気がする。
言ったのは間違いなく楽人だ。
それが一体いつのことだったのかは思い出せないが。
「――連絡、待ってる」
会話を締めくくったのは、そんな言葉だった。
一度だけふわりと笑って、柾は踵を返す。
その背になにか言わなくてはと思うのに、こんな時に限ってなにも浮かんでこない。
結局歩人は柾の姿が少し先の角を曲がって見えなくなるまで見送って、冷えた体を両手で擦りながら家に入った。
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