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「ここ空いてるぞ」
スマホをカバンの中に放り込むと、男は自分の隣を指さして手招きをする。
無言で一歩後ろに下がって拒否を伝え、歩人はひとつため息をついた。
「いいって、気にするな」
歩人の行動を遠慮とでもとったのか、男はまた手招きをした。
今朝ほどバス停の利用客の少なさを恨めしく思ったことはない。
「バスが来るまで少し話でもしようか?」
そう男が切り出したタイミングで、歩人は踵を返して歩き始めた。
もう一度コンビニへ戻ろうか、それとも次のバス停まで歩こうか。どちらにしても、まだ登校時間には充分余裕がある。
「あっ! おい!」
男の慌てた声が聞こえたが、当然のように無視を通す。
向かう先を次のバス停に決めた。あの様子ではコンビニに逃げ込んだところで、後を追って来るに違いない。次のバス停までは二キロほど、歩けない距離ではないし、男を諦めさせるにはいい距離だと歩人は思った。
「おい! 待てよ、歩人!」
気安く名前を呼ぶな! 本当はそう怒鳴ってやりたかった。
そうしなかったのは、男が絶対に関わりたくない相手だったからだ。
自分の知らない楽人を知る人物。
そんなヤツに関わる意味など微塵もないと、歩人は信じて疑わなかった。
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