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「楽人だろ?」
例え相手が自分の事を楽人と呼んだとしても、楽人の知り合いで自分の知らない人物がいるはずがないのだ。
なぜなら楽人の行動範囲は極めて狭く、その全ては歩人の守備範囲だったのだから。
「楽、お前!」
――楽? お前?
楽人の事をそんな風に呼ぶ人物には、ますます心当たりがない。
正面に回り込んで立つ相手のグレーのスラックスを見つめ、それが自分の通う高校とは別の学校のものだと、歩人はぼんやりっと思った。
可能性があるとすれば、声の主は別の高校に進んだ同級生だろうかと考え、しかしすぐにそれは違うと結論を出す。
同級生なら楽人の病気の事はもちろん、そのせいで中学の途中から登校が困難になった事も、双子の弟がいる事も知っているはずだ。
こんな時間に制服を着てバス停のベンチに座りコーヒー牛乳を啜る自分の事を、迷いもなく楽人だと思える人物とは一体。
そこでようやく歩人は顔を上げて相手の顔を見た。
「お前! あれからどうしてたんだ!」
目が合った瞬間、まるで怒鳴りつけるような音量の声を浴びせかけられた。
黒一色の自ら立ち上がるほど張りのある短髪で、まだ五月だというのに日焼けした肌を持つ背の高いその男には、やはり一面識もない。
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