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男には言いたいことが沢山あるのだろう。切羽詰まった顔をして歩人を楽人だと信じて疑わず、それでもじっとこちらが口を開くのを待っている。
いくら待たれても、言うべき言葉を持っていない歩人は、ただ感情を消して相手を眺めた。
そのうち男の表情からふわりと強張りが解けて、みるみる目が潤み始めた。
動揺しなかったわけでは、ない。
それでも歩人は、この男と楽人の関係について、一切、知りたいとは思わなかった。
自分の関知していない楽人の情報など、何一つ欲しいとは思わないのだ。
今は一秒でも早く、この男と距離を取りたい。
物理的にも、精神的にも。
二人きりとかありえない。
早朝のバス停ということが恨めしく、もうあと数分のうちには来るであろうバスに、早く早く! と呼びかけた。
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