第6章:幸せな時間

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春。 数日前まで固く閉じていた桜の蕾は 暖かい陽射しに心開くように開花させ 薄紅色の絨毯を並木道に広げていた。 新1年生だろうか… 真新しいランドセルによろけながら 歩く女のコを見ながら幸子の母親は 優しく微笑んだ。 その横をセーラー服を着た若菜と 学ランを着た孝が 楽しそうに寄り添い 笑いながら歩いてゆく。 「ねぇ~今のヒト見た? キモチ悪い人形 大事そうに 抱っこして…キモ~い!」 毒を吐く若菜の 頭をコツン☆と 軽くげんこつで小突くと 「そーゆぅことを言わない! オレのカノジョは優しいコで いて欲しいからね」 と孝はウィンクした。 ふたりの記憶から あの素朴で優しい少女は 姿を消していた…もちろん 他の誰からも。 暖かい陽射し 桜の花びらが舞い散る 公園で 2体の人形を抱いてベンチに 幸子の母親は腰かけた。 1体は ボロボロで片目が落ちて ひび割れた人形。 けれど 綺麗に着飾られ 所々抜け落ちている ブロンドの髪には金の刺繍が 縁取られた赤いリボンが結ばれている 桜の花びらがフワリと風に乗り 人形の髪にソッと降り積もる ピンクの花びらで 抜け落ちた箇所が 埋め尽くされてゆく 同じお揃いのドレスで 着飾っている人形達を いとおしそうに抱きしめると 夫人が 人形に声をかけた。 『幸子、サッチャン 桜 綺麗ね…もう春なんだね… 今日は 暖かいね…』 頭を撫でられて 幸せそうに頬笑む人形たち。 幸子は幸せだった。 大好きなサッチャンとお揃いのドレス 何よりも大好きなおかぁさんに 撫でてもらい抱っこして貰える… 春の陽だまりの中 ゆっくりと暖かい時間が 空に浮かぶ白い綿雲のように 流れていた 『サッチャン…私 幸せだよ… サッチャン…ありがとう…』
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