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玄関を出るときに、健太くんが金剛寺の顔を見つめながら言った。
「大きいお兄ちゃんは眉毛は切らないの」
「はい。僕は眉毛を切ったことがありません」
ぶははは、と笑いながら金剛寺に指を指す山崎。肩を下げて差し出したわたしの右手を、健太くんはスムーズに握ってくれた。
公園に着いたとき、五月なのに少し冷えた風が吹いていた。
「寒くない、健太くん」
「平気!」
「あれ、ここ」
あの公園だった。柏木さんは話してみれば普通の人だったと今は分かるが、所在なくうろうろしていたあの時の彼は完全に不審者だった。
「健太くんはよくここに来るの」
「うん。お母さんが連れてきてくれる、いっつも」
「あれ、ママって言わないんだね、健太くんは」
「うん。お父さんが怒るから」
「へえ……」
たしかにパパ、なんて呼ばれたら柏木さんは怒りそうな気がする。
「偉いぞ健太。よし、俺がブランコに乗せちゃる」
「はしっこがいい!」
自分の指定席なのか、端のほうのブランコに駆け寄って健太くんは揺らして揺らして、と山崎にねだった。
「そりゃあー!」
いきなり勢いをつけてブランコを前に押し出す山崎。
「少し危なくないでしょうか」
「大丈夫だよあれぐらい。子供ってああいうの慣れてるから」
「僕、一応前のほうにいますね」
そう言って金剛寺が健太くんの正面に立った。万が一健太くんがブランコからすっぽ抜けたらキャッチしようというつもりなのか。
「こんちゃん邪魔! 思いっきり揺らせなくなる!」
「あ、すいません」
そしてわたしのところへ戻る金剛寺。健太くんはきゃっきゃと楽しそうに笑っている。
「なんかさ、山崎っていいよね」
「何がでしょうか」
「楽しそうで。いっつも」
そう言った直後、わたしはなんだかもの凄く間違ったことを言ったような、恥ずかしいような、複雑な気持ちになった。金剛寺は「僕は山崎さんと居ると楽しいですよ」と、ただそう言った。
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