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「おれん家両親居ないんだ、今」
小奇麗な一軒家に住む山崎が、少しだけ寂しそうにそう言った。
「おれの部屋二階。どぞ」
少しだけ軋む階段を上って、わたしたちは山崎の部屋に入った。
「で、なんでご両親が居ないわけ」
意外にもコップを三つ用意して茶を差し出した山崎の目を見ながらわたしは訊いてみた。
「爽健美茶ってマジで美味くない? お茶のくせに」
「僕も好きです、爽健美茶。ありがとうございます」
「いやわたしも好きだけど。ご両親はっつってんの」
「あー親? いまドイツ」
「はっ? ドイツ? なんで」
「演奏会で」
「なんの?」
「ピアノ」
「え、ごめん山崎。あんたのご両親てもしかしてピア」
「ニストおー!」
両腕を頭上に挙げる山崎。わたしはしばらく黙りたくなった。
「まあ本当なんだろうね。あんただもんね」
「なにそれおれがピアニストぽい空気を醸し出してます的な? そんな困るわ。なんぼなんでもそこまでイケメンオーラ出てないと思うけど」
「いやそうじゃないです死んでください」
「生きます」
「死ね」
「生きる!」
わたしたちの真顔のやりとりが面白かったのか、金剛寺が必死に笑いを噛み殺そうとしている。
「なに、面白かった? 金剛寺」
「いえ、すいません。あの、すいません」
口元は爆笑しているのに目が泣いている金剛寺の頭を、山崎が意味も無く撫でている。
「ところでわたしたち何してるの。いや割とマジで」
麗しの爽健美茶を一口飲んでから山崎が言った。
「こんちゃん会議。言っただろうが」
「うーん。金剛寺は別に悩んでたわけじゃないんじゃないの」
「ちげー馬鹿。そういうことじゃないんだよ。なっ、こんちゃん」
「はあ……」
「おれはこんちゃんの『変わりたい』ってフレーズにグッと来たの。女のお前には分からんかもしらんが」
「うわ何それ、男女は関係ないでしょ」
「つまりだな、お前が髪を乾かすのとこんちゃんが毛質を気にするのは意味が違うってことよ」
「はあ? 全然意味が分からないんですが。マジで何言ってんのあんた」
「おいこんちゃん。なんで櫛をすとんすとんしてたんか言ってみ。今。ほれ」
金剛寺の爽健美茶はいつの間にか半分近くになっていた。
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