1人が本棚に入れています
本棚に追加
「いえ、あの…… 僕、あの日の朝はなんとなく妙な気持ちだったんです」
「そうだったんだ」
「いいねこんちゃん。続けて続けて」
「それで、あの…… ふと、この妙な気持ちは何なんだろう、と思いまして。洗面台の前にいたので、ふと顔を見てみたら、『髪がちぢれている』と」
「ばはははははは! あっは、こんちゃん! ぶはははは」
これはおそらくストライクだ。しかもかなりのやつだ。流石にわたしも山崎を責める気にはならなかった。
「あの、金剛寺。もしかして、よ? もしかして、その時…… 気付いたの?」
「はい」
山崎が後ろに倒れて、それから声にならない声でお腹を抱えている。脈絡もなく、わたしは慣用句とか昔の人の言うことってやっぱり大体が真理に基づいているんだな、と思った。
「それで、さっきの妙な気持ちが何なのか分からないまま、それよりも『髪を真っ直ぐにしたい』と思ってしまって」
「うーん。なるほど。正直流れがよく分からないんだけど、まあとにかく真っ直ぐな髪になりたいと思ったんだね」
「はい」
「こんちゃん、おれもうこんちゃん無しで生きてける自信無いわ」
それから山崎はスプレー缶を取り出して、金剛寺の頭に振りかけてから、今度は無言で髪をとかし始めるのだった。金剛寺は目を閉じてされるがままにしている。わたしは爽健美茶を一口飲んで、外で野良猫が鳴くのを静かに聞いていた。
「おし、こんなもんかな」
十分ちかくとかした金剛寺の髪は、思ったよりもきれいなストレートヘアーのように見えた。絶望的に似合っていないと感じるのはきっと山崎も同じだろうが、奴はそこには触れなかった。
それからわたしたちは色んなことを話した。
山崎の生い立ち、わたしの兄のこと、金剛寺の眉毛、などについて。山崎は話をしている間はいつもの山崎じゃないようで、それでもやっぱり山崎だった。金剛寺は心なしかいつもよりも笑顔が多いような気がした。わたしはニュートラルな気持ちで二人の顔を見ていた。これが青春だな、とは微塵も思わなかった。わたしたちはただ三人の時間を過ごした。そんな感じだった。
最初のコメントを投稿しよう!