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August 夏井戸
「作戦通りよ、でかしたわ山崎くん」
初球を打ち放った山崎が、ランナーを二塁と三塁に送って、そして自分も一塁へと進出した。満塁というやつだ。
「私の眼鏡に狂いは無かったわね」
「目っす、相生さん」
ポンコツの女性監督にわたしはもはや気を遣わなくなっていた。
「タイム!」
組んでいた腕を頭上に掲げて、女監督は高らかに宣言した。野球にタイムなんてあったっけ。
「いい? みんな。分かってると思うけどここが正念場よ。次の打順は……」
わたしだった。みんなの視線がわたしに凝縮される。マジで逃げ出そうかと思考を巡らせながら、ひたすらに鬱陶しい金剛寺のキラキラした目線を躱した。
「九回裏、ゼロ対ゼロ、ツーアウト満塁。なにこれ、タッチの作者でも来てるのかしら」
寒いっす相生さん、とは口にはしないでおいた。
「いい? ここはフォアボールを狙うのよ。それがセオリー」
「そんなバカな。ここはお嬢ちゃんになんとか打ってもらうべきでしょう」
「それができるなら苦労せんわいな」
「でもひたすら見逃すってのもなあ」
「あー腹減った。こんちゃん食いもん持ってない?」
思い思いの言葉を口にする面々は、ひとまず監督のほうに顔を向けた。
「みなさん分かってないようね。いい? ピッチャーにとってこれほどの脅威的な状況は無い。いわば、放っといても自滅を期待できる状況なわけ。まして打者はこのお嬢ちゃんでしょう? 私の作戦に間違いは無い、信じてみんな」
ということで、わたしは「ひたすら突っ立っておけ」という指示を受けたのだった。金剛寺は意味がわかっているのか、「頑張ってくださいね」と声をかけてくれた。
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