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夏祭りの夜は何物かが潜んでいる。きっとあれだ、「わくわくする」という語源は何だか知らないが、そのような感情を爆発させる成分だったり、勘違いだったり、色んな何かが混じって特殊な空間にさせているのは間違いないだろう。つまり、わたしたちは柄にもなくこの夜を楽しみにしていたのだ。物凄く。
「ほい、一枚ずつ」
山崎が金券を一枚ずつわたしと金剛寺に差し出した。
「あん? 残りはどうすんのよ」
はふうー、と息をついて山崎は言った。
「ほんっとお前はあさましいな。残りは二千円なんだから割り切れないだろうが。見ろよ、こんちゃんを」
金券を渡された金剛寺は子供のように顔を綻ばせている。いや、気持ちはわかるけれども。
「別に俺が独り占めするなんて言ってねえし。これはさ、それぞれ使い切ったあとに使いたいやつが使うことにしようぜ」
「そういう感じね。分かった」
立ち並ぶ夜店は、いつ見ても妖しい雰囲気と活気を纏っている。わたしはまずりんごあめ三百円を買った。
「ほいよ、おつり七百万円」
商店街の金券はなかなかにしっかりしていて、おつりをきちんとくれるのだった。
「どうしましょう、迷ってしまいます」
「そうだろそうだろ。こんちゃん、あっちイカ焼きあるぞ。行こ」
僕はイカはちょっと…… と言う金剛寺の言うことはさっぱり耳に入れず、わたしは向こうのほうに行く二人の背中を歩いて追った。りんごあめがひたすらに甘い。
「おっさん、イカ焼きふたつ」
「あいよ。おつり三百万円」
「ほれ、こんちゃん」
山崎に何か言いかけた金剛寺は、先にイカ焼きを口にした。
「あ、意外と美味しいです」
「だろ。ここのイカ焼きはほんとに美味いんよ。毎年店出してっけどなんでこんな味違うんだろうな」
「僕、イカ焼きというものを初めて食べました。というかイカを」
「イカを!?」
わたしと山崎の声が被ってしまった。
「え、金剛寺あんた、イカを食べたことなかったわけ」
「はい。…… 変でしょうか」
「すげえなこんちゃん。ほんとに日本人?」
「だと思います」
爆笑する山崎。以前「肉が嫌いなんです」と金剛寺が言っていたことがあったが、それ以来の衝撃だ。
「そんなこともあるんだな。……ん? なんだ、あれ」
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