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「なんかさ、思い出そうぜ、その話。なんだっけな」
「あんたもうろ覚えか…… ねえ、というか金剛寺が可愛そうなんだけど」
山崎の袖をまだつかんでいる金剛寺は、言葉にしないがあからさまに帰りたそうにしているのだった。
「いえ、すいません。お二人の邪魔をするつもりでは」
「なにそれ。なんか変な感じに聞こえるからやめて、金剛寺」
「ほんとだわ。お二人の邪魔、っていったら何かそれは駄目だわこんちゃん」
「すいません……」
「っていうかさ、とりあえず俺、少しだけ怖いんだけど」
「は? 何がよ」
「あの井戸の話ってさ、そもそも『祭りの近くによく分からん森があってその先になんと!人目に触れることの無い井戸が現れて……』みたいな感じじゃなかったっけ」
「それがどうしたのよ」
「いやだから、マジであんじゃん、井戸。怖くない? この状況」
「ごめん意味わかんない」
「いやだからさ、井戸自体マジであるとは思ってない風な話し方じゃなかったっけ、みんな」
「そうだったかな…… ごめんわたしものすごくどうでもいいので帰ってもいいですか」
「いやいやいやそれは無いだろ。こんちゃんは知らないんか、その話」
「僕は……」
実は聞いたことがあるんです、と金剛寺は言った。わたしは何だかこのノリが急速に白けてきて、怯えている金剛寺すらなんだか鬱陶しくなってきた。
「あの、隣の席の小林さんがおっしゃってたんですけど……」
「ほうほう」
「ひと昔前、この付近は流浪人の処刑場だったらしいんです」
「あ! 思い出した! そうそうそんな感じ! 頑張れこんちゃん」
実はわたしも思い出していた。井戸から常用水を汲み上げるぐらいの遠い昔、黒水南町の一体は流浪人が跋扈していて、悪事を働く彼らの処刑場が各地にあったのだという話だった。
「それで、処刑を逃れようと森の中にかけこんだ方が―― 流浪人の方が ―― この井戸を見つけた、と」
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