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いったん無言になったわたしたちは、井戸を見下した。片方だけ蓋の開いた井戸は、たしかに三百年前からあるんですよと言われても不思議ではない気がする。
「そうそう、そんなんだったわ。その後どうだっけな……」
「井戸に隠れた、んでしょ」
ひいっ! と叫ぶ金剛寺。そんなつもりはなかったのだが。ごめん金剛寺。
「俺思い出した! そんでしばらく身を隠してたんだよな! そしたら処刑人が近づく足音が聞こえてきて……」
「蓋を頭の上に乗せて隠れたまま、やり過ごそうとしたんだったね。わたしも思い出したわ、その話。ねえ山崎、あんたもう金剛寺を抱きしめてやりなさいよ」
いまにも泣きそうな金剛寺を見て、山崎は俺の胸に来いこんちゃん! と言った。金剛寺はすいません大丈夫です、と言った。
「マジでほんとにあった話なんじゃねえの、それ。流石に俺もちょっと怖くなってきたかもしんない」
わたしは意地悪な気持ちが芽生えて、話の続きを始めた。
「まだ話終わってないのですよこれが。山崎さ、この井戸がほんとにその話の井戸だったとして、なんで半円形に二つに割れてるか、知ってる?」
「あ? この蓋? し、知らねえよ」
「もともと、この蓋は分かれてなくて、ただのまるい一枚の蓋だったわけ。ところが、流浪人が隠れながらも処刑人の行方が気になって、確認しようとして蓋を少しだけずらして森の様子を伺おうとした瞬間、目の前に処刑人の姿があって―― 」
蓋ごと切りかかったんだよ、と一番美味しいところのオチを言おうとしたとき、山崎と金剛寺は別のあらぬ方向を見ていた。
「な、なによ」
向こうのほうに、夜店の近くで見た緑色の光が見えた。周りには木しかなくて、土台になるようなものも見えないのに、なんだか光が浮いているように見える。
「あ、あ……」
「おいおいマジかよ。マジで浮いてんじゃん、光」
「なに、あれ……」
しばらく三人とも緑の光のほうを眺めていると、前触れなく井戸の蓋がかた、と動いた音がした。
「ぎゃっふあああああ!」
猛然と走り出す金剛寺。金剛寺を追いかける山崎を、わたしは追いかけた。
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