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それは彼女が言ったことだった。
「私、桜が見たいの」
「俺が見せてあげるよ」
彼女の笑顔が見たい一心で言った言葉。
彼女は元々大きな瞳を少し見開いて
「ありがとう」
と優しく微笑んだ。
彼女の病室から見える木々は
葉を落としたばかりだった。
それから5ヶ月、3月の中旬に
彼女は白い肌をより一層白くして
永遠の眠りに着いた。
皮肉にもその日は桜が咲き始めたと
言われていた日だった。
まだ寒いのに、そう思いながら歩く。
彼女の最期を看取った帰り道。
やけに心は冷静で、冷え切っていた。
彼女の病室から見えていた木々を見上げた。
小さな桜の蕾が膨らんでいた。
はらりはらり
軽く優しく、白い雪が降ってきた。
それは季節外れもいい所だった。
雪と桜が同時に見られるなんてそう思った。
こんなにも美しい景色。
それは皮肉のように見えた。
彼女の白い肌とピンク色の頬を思い出した。
俺はお前とこの景色が見たかったよ。
「ねぇ、雪。この景色見えてる?」
俺は目に見えない彼女に話し掛けた。
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