自分探し

2/11
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 春の暖かな風が、持っていた本のページを数枚捲り、隙間隙間に花の香りを運んで来る。本の独特な匂いと同時に、花の匂いが嗅覚を刺激する。どんな花の匂いかは分からないが、いつかどこかで嗅いだ匂いだ。    しばらく、そのことについて考える。昨日娘と行ったレストランで嗅いだ香水の匂い?それとも、三日前、娘が通っていた華道教室へ挨拶へ行った時に嗅いだ匂い?  頭をフル回転させて答えを捻り出す。まるで先程の衰えを否定するかのように。    いや、そもそもつい最近嗅いだ匂いか?さっきの匂いはもっと懐かしい匂いがした。確証はないが。    そうこう試行錯誤しているうちに、自宅へと到着する。  そうだ、懐かしい匂いなら、長年連れ添ったこの家になにかヒントがあるかもしれない。  白を基調としたシンプルな壁に手を付け、荒々しげに靴を脱ぐと、自分の部屋がある二階へと駆け上がる。途中、娘が階下から何か言っていた気がするが、気付かなかった事にして扉を閉める。    普段着を仕舞っているタンスや、仕事用の机の横を通り過ぎ、真っ直ぐ本棚へと向かう。  入っている数百冊の本や資料の中から、お目当てのものはすぐに見つかった。一際縦に長いそれは、色が落ちて白みがかり、表紙の字は掠れて一部分が消えていた。それでも思い出を甦らせるのには十分であった。  答えはこの中にある。そんな確信に近い何かがあった。     
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!