第一章

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「私はこれで失礼させて頂きます」  眉をひそめたまま一礼すると、月龍は一直線に出口へと向かう。  さすがにやりすぎたか。  たきつけるためにやったことが逆効果になっては意味がない。蓮の肩を離すと、慌てて後を追った。 「怒るな。ただの挨拶だ。深い意味があることではない」 「わかっている。だが見てもいられない。今日は帰る」  蓮の目を気にした小声に、囁くような声が返ってくる。  洩れた嘆息に、亮もため息を落とした。 「悪かった。見せつけるつもりがなかったとは言わん。悪ふざけが過ぎた」 「しかし」 「もうお帰りに?」  何事か言いかけた月龍を、蓮が遮る。  二人でこそこそと話していれば気にもなるだろう。蓮はゆっくりと歩いて来たので、会話は聞かれずにすんだとは思うが、一瞬脈拍が上がった。 「亮様、お花の半分を邵様――月龍様にお渡し頂けますか?」  わざわざ名を呼び変えたのは、先程のやり取りのせいだろう。初めて字を呼ばれたことに驚いたのか、月龍の眼が丸くなる。  亮は亮で、蓮の意図を知って驚いたのだけれど。 「そうか。いつもより花が多かったのは、月龍の分もあったからか」 「ええ、最近は月龍様もいらっしゃる事が多かったから」  独語めいた呟きに、蓮の笑顔が縦に揺れる。花束を二つに割いて、月龍の胸に押し付けた。 「よかったではないか」 「お前のついでだ」  蓮に聞こえぬように、小声で交わす。愛想のない返答ながらも、喜んでいるのは明らかだった。  亮のついででも思い出してくれたことが、嬉しかったのか。  弛んだ口元を隠すように、花束に顔を埋める。瞳がうるんでいるようにさえ見えた。 「どうでもいいが、よくよく花の似合わん男だな」 「うるさい」 「あら。私はお似合いになると思いますけど」  からかいの言葉を一蹴したのは月龍で、まともに受けて答えたのが蓮だった。小首を傾げる様が愛らしい。 「後宮の女官さんの間でも評判の、美丈夫ですもの。私も先日、鍛錬されているのをお見かけして、思わず見惚れてしまいました」  笑顔で語るの本音だろう。相手を喜ばせるためにと、偽りを口にする蓮ではない。  月龍は、容姿に関してはそれなりの自信をもっていた。褒められるのも慣れているはずだが、ただ顔を硬直させているばかりだった。  他ならぬ蓮に褒められて嬉しいのだろう。
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