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ならば笑みでも刻んで、ありがとうと応じればいいものを、眉間に皺を寄せて口を噤むだけとは。
険しい表情を不思議そうに見上げていた蓮が、あっと小さく声を上げる。
「もしかして、お花は嫌い? ご迷惑だったかしら」
渋面は嬉しさの裏返しなのだと気付け、という方が無理である。訊ねるというよりは、申し訳なさそうな声だった。
「いや、そのようなことは。――蓮様」
慌てた素振りで頭を振り、月龍は意を決したように呼びかける。
蓮が多少なりとも気にかけてくれていることを知り、誘いをかけてみる気にでもなったのか。
蓮はどのような反応をするだろう。
態度を見る限り、月龍に対して好意的なのは間違いない。ならば喜んで応じる可能性は、強かった。
――ちくりと、何かが突き刺さるような痛みが胃の辺りを襲う。
「蓮様、私は」
呼びかけられれば、振り返る。蓮は口篭る月龍を、真っ直ぐに見上げた。
月龍が引きつった口元で、ゆっくりと告げる。
「私は、帰ります。失礼致しました」
一礼すると踵を返した。足早に立ち去ろうとした月龍の襟首を、慌てて掴まえる。
「何処へ行く。蓮を誘うのではなかったのか」
「駄目だ。目と目が合っただけで、鼓動が喧しく騒ぐ。二人きりでなど会えるか。心臓が過剰労働に耐えきれん」
「何を阿呆なことを言っている。月龍、お前な」
「頼む、見逃してくれ」
早口で返ってきたのは、囁き声だった。
額を接した状態で見る、月龍のすがる目付きなど、気味が悪い。
身震いして手を離すと、月龍は一目散に出て行った。
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