第一章

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 ならば笑みでも刻んで、ありがとうと応じればいいものを、眉間に皺を寄せて口を噤むだけとは。  険しい表情を不思議そうに見上げていた蓮が、あっと小さく声を上げる。 「もしかして、お花は嫌い? ご迷惑だったかしら」  渋面は嬉しさの裏返しなのだと気付け、という方が無理である。訊ねるというよりは、申し訳なさそうな声だった。 「いや、そのようなことは。――蓮様」  慌てた素振りで頭を振り、月龍は意を決したように呼びかける。  蓮が多少なりとも気にかけてくれていることを知り、誘いをかけてみる気にでもなったのか。  蓮はどのような反応をするだろう。  態度を見る限り、月龍に対して好意的なのは間違いない。ならば喜んで応じる可能性は、強かった。  ――ちくりと、何かが突き刺さるような痛みが胃の辺りを襲う。 「蓮様、私は」  呼びかけられれば、振り返る。蓮は口篭る月龍を、真っ直ぐに見上げた。  月龍が引きつった口元で、ゆっくりと告げる。 「私は、帰ります。失礼致しました」  一礼すると踵を返した。足早に立ち去ろうとした月龍の襟首を、慌てて掴まえる。 「何処へ行く。蓮を誘うのではなかったのか」 「駄目だ。目と目が合っただけで、鼓動が喧しく騒ぐ。二人きりでなど会えるか。心臓が過剰労働に耐えきれん」 「何を阿呆なことを言っている。月龍、お前な」 「頼む、見逃してくれ」  早口で返ってきたのは、囁き声だった。  額を接した状態で見る、月龍のすがる目付きなど、気味が悪い。  身震いして手を離すと、月龍は一目散に出て行った。
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