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「まったく、仕方のない男だ」
両手を腰にあて、ため息と共に背中を見送る。
蓮が、亮の裾を引いた。
「あの方は、私のことがお嫌いなのかしら」
何故そうなる。
問い返しそうになり、すぐに理解した。
蓮が来るのを心待ちにしていながら、いざ来るとさっさと帰ってしまう。会っている短い間も、緊張のせいか、渋面を崩しもしないので、怒っているようだった。
態度だけ見れば、そう思われても無理はない。
「まさか。月龍はお前に、相当惚れ込んでいるぞ」
「え?」
蓮の瞳に、驚きが浮かぶ。
先程そう言ったはずなのだが、亮の冗談とでも思って、本気にしていなかったのか。
唖然とした眼差しを何故か見ていられなくて、目をそらす。
「ほら。お前達が初めて会ったという花畑。あの時に一目惚れしたのだそうだ。まぁ、心の弱いところはあるが、あれはいい男だぞ。あの通り男前だしな。見惚れたというからには、お前も満更ではないのではないか?」
「――それは」
「将来も有望だぞ。出世は約束された身だ。今はまだ分不相応かもしれんが、いずれお前の相手としても不足ない地位になろう。あれだけ惚れ込んでもいるし、お前のことを大切にしてくれるだろうしな」
何事か言いかけた蓮を遮ってまで、何故こうも1人で喋っているのか。
蓮の前では割合口が軽くなるのは自覚していたが、一方的にまくし立てるのは初めてだった。
何より、話していなければ落ち着かない心境こそが解せない。
「私をあの方に娶わせると? でも――」
亮を見上げる瞳が揺れている。
ゆっくりと紡がれた声が微かに震えて聞こえたのは、気のせいだろうか。
「でも、私は亮様に嫁ぐのではなかったのですか」
「もちろんだ。お前がそうしたいのなら、おれに異論はない」
卑怯な言い方だ。自覚があるのに改めない分だけ、性質が悪い。
「だが、お前の相手としておれが最適かと訊かれれば、自信はない。おれの立場は――ほら、色々とあるからな。ならば、お前を慈しんでくれるであろう月龍に任せるのも、悪くはないと思った」
そう、悪くはないと思った。
けれど、積極的に結び付けようと思ったわけでもない。月龍を煽ってみたり、落ち込ませるような真似をしたり――亮の言動は支離滅裂だった。
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