第一章

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 蓮が訪ねてきたのは、昨日のことだ。毎日来ることはまずないので、おそらく今日の来訪はないだろう。  それを承知で待つ自分自身を、おかしく思う。  昨日亮が言ったのは、明らかに余計なことだ。  幼い頃から、妻になるのだと言い聞かされてきた蓮が、亮を慕ってくれているのは知っている。その亮にああ言われては、蓮も複雑だろう。  昨日も、笑顔は見せてくれたものの、すぐに帰ってしまった。顔を合わせ辛く思っているのかもしれない。  四、五日経っても訪ねて来なければ、何か理由をつけて呼び出してみようか。 「亮」  呼びかけられて、落としかけたため息を飲み込む。  衛士は、月龍に対してはほぼ無防備だった。彼らにとっての上官であるし、亮もそれを許可している。帯びた刀を渡せば、勝手に入ってくることが多かった。  月龍の顔を観た途端、無性の苛立ちに襲われる。 「待っていても、今日は来ないと思うが」 「そう、だな。これから嬋玉殿のところへ行くと仰っていた」  何処か呆然とした表情も声も気にならなかった。  はっと息を飲む。 「会ったのか、蓮に」  胃に痛みが走る。  今日は、亮も蓮に会っていない。こちらに向かう途中で会ったのなら月龍と一緒のはずだが、それもない。  考えられる理由は一つだった。 「どうも、おれの鍛錬が終わるのを、待って下さっていたようだ」  亮の予想を裏付けたのは、淡々とした声だった。  蓮が亮にも顔を見せず、月龍に会いに行ったという事実は何を意味しているのか。  推測など必要ない。  胸を圧迫する程の勢いで走る鼓動に、眉を歪める。 「よかったではないか。それで? 何処に誘われた」 「――は?」  息苦しさをごまかすように吐き捨てた亮への返答は、訝しげなものだった。  しかめた顔には、喜色らしきものはない。 「なんだ、違うのか」 「いや――やはりあれは、お誘い頂いたと思っていいのか」  何やら複雑そうな色と瞳に浮かべたまま、難しい顔をしている。  歯切れの悪い物言いだった。 「次の休みに、予定がなければ、花畑につれて行って欲しいと言われたのだが」 「阿呆」  呆然とした月龍に、反射的に吐き捨てる。
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