第一章

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「いや、邸の前までお送りする」  おかしなもので、いざ離れるとなると少しでも長く一緒にいたくなった。迷っていたとは思えぬほど、すんなりと気持ちが傾く。  月龍の心情など知らぬ蓮は、はんなりと笑った。 「そこまでのご迷惑はかけられません」 「しかし、それでは亮に申し訳が立たない」  どうせ口にするなら、迷惑ではないとの弁明のはずだ。  わかっているのに、月龍の口はぶっきらぼうな言葉ばかりを吐く。 「そう、ですわよね」  蓮の口から零れた嘆息は、笑声混じりのものだった。 「私からお誘いすれば、(ショウ)様が断られるわけがありませんものね。気を遣わせてしまったようで、申し訳ありませんでした」  確かに蓮からの誘いを断るはずがない。公主への遠慮ではなく、月龍自身の願望のために。  そして、気付かされる。先程までは字で呼んでくれていた蓮が、再び姓を口にした。月龍との距離を持とうとしているのは、明らかだった。  想いが届かぬのだからそれでいいと思う反面、蓮の声で聞く姓に、寂しさを禁じ得ない。  僅かに俯いた蓮の横顔が、自嘲めいた笑みを刻む。 「実を申し上げると、亮様に伺ったのです。邵様が、その、私を慕って下さっていると」 「――亮がそのようなことを」  咄嗟に口をついて出たのは、初耳だと言わんばかりのものだった。  これでは否定しているようではないか。思うも、どう訂正していいのかがわからない。 「おかしいとは思いましたの。邵様のようなご立派な方が私を、なんて」  くすくすと、さもおかしげな笑い声が続く。 「きっと亮様は、独り身でいる私をご心配なさったのでしょうね。それで、見込んでいらっしゃる邵様に、と思われたのでしょうけど。邵様にはご迷惑な話ですわよね」  ごめんなさいと続ける蓮に、答えられなかった。  発する言葉を素直に受け取れば、亮から月龍の気持ちを聞かされて、嬉しく思ってくれたようである。  その上で誘ってくれたのならば、付き合うつもりがあるということではないのか。  言われて見れば、先日亮の所で会った時にも気にかけてくれている趣旨のことを言っていた。  では、望みはあるのか。  口から飛び出しそうな程、心臓が活発に動いている。
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